ネモフィラのブログ

~アルコールからの卒業、そしてお酒の存在しない輝く美しい世界へ~

■母の飲酒■


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こんにちはっ。


ネモフィラ街は暑い☀😵💦


お散歩がキツかったです(^-^;


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今回は【母の飲酒】について

まとめてみようと思います。

ネモフィラの母は

アルコール依存でした。

治療後の今でも

飲みたがります。

量はかなり少なくなり

〔適性飲酒〕ができています。

ネモフィラ

飲んでいない母の姿を知りません。

いつも焼酎を飲んでいました。


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大五郎です。

これをオレンジジュースや

りんごジュースで割って飲んでいました。

いつ飲むか。

それは夜から早朝にかけてです。

「子供たちが寝静まって、自分一人の時間帯」ですね。

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母は内職をしていました。

昼間子供たちが

幼稚園や学校に行っている間に

内職を終わらせればよいのに、

母は夜夜中にしていました。

焼酎を飲みながら。

今思えば

唯一の癒しタイムだったのでしょうね。

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様子がおかしくなったのは

団地から一戸建てへ引っ越してからですね。

ネモフィラが小学校を卒業して

中学へ進学してから。

飲酒量がどんどん増えていきました。

父は不在です。

単身赴任で全国を飛び回っていたから。

たった一人で私たち四人の子供を育ててきたわけです。

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青の大五郎4リットルを

4日ほどで飲んでいたのかな?

朝からグデングデンでしたね。

ワタシが高校の頃にはすでに

「おぼれて」おりました。

ひどいときは夕方帰宅すると、

「おやじ(ワタシの父のこと)のご飯用意しといてね。あとよろしくー。」

と言って

自分は寝室に言って寝てしまいました。

もっとひどいときは

台所にクッションを持ってきて

酔いつぶれて寝ていたり。


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そうして東日本大震災の前の年に

事件が起きたのです。



次回に続きます。